努力してもどうにもならないこと

最近人間努力してもどうにもならないことばかりな話ばかりな気がしてならない。ほんの何年か前までは僕は超楽観主義者で_努力すれば必ず良い方に事態が進む_と信じてひたむきだったのだが、とある失恋をした2年くらい前からどうも空回りしている気がする。それは仕事にしてもプライベートな話にしてもそうである。

例えばそのときの話をすると、ある女性を好きになって、彼女と話がようやくできるようになって親しくなったときに、その彼女が僕を一人の恋愛の対象としての男性としてみられていないということが分かってしまった。遠くにいた人だったので、滅多に話もできなかったし、ましてや直接あうこともなかなかできなかったのもあって、悔しいかな諦めざるを得なかった。(やっぱり縁がなかったのかも知れないが。)

そのときに思ったのは、僕がひたむきに努力すれば、_優しい人_や_良い人_にはなれるのかも知れないが、どんなに頑張っても残念ながら_彼女の一番_にはなれないことが必ずあると言うことだった。人の心は本当に難しい。それから悔しく夜も眠れぬ想いを何度もしたが、やはり好きにならない一人でいる努力をするしかないのかなぁ。最近またふとそう思うのである。

そういえば、去年の父の葬式で彼女に会ったのであるが、今は結婚してしまって今は幸せに暮らしている。僕はこれはこれで良かったのだと思う。たまに彼女がここを見に来てくれていることは知っていて、それでも引き合いに出してしまったのは済まないかなと思うのであるが、ようやくこういう話を日記に書けるまで、僕の中でかみ砕けるようになったと思うのである。あと最近ちょっと似たような話があって、ほろ苦い思い出を思い出してしまい恥ずかしながら、話を書く気になった訳だ。今にして思うと今の僕を形作る一つの事件だったのかなと思うのである。ぼちぼち埒もあかなくなってきているので、最近いろいろ考えるところがでてきて、今年は良い方向に持っていくためのもがき苦しむ我慢の年だと思っている。なんとしても良い方向にもって行かないと、僕が僕を維持できなくなってしまって、壊れていくような気がしている。

あとやっぱり努力しさえすればなんとかなるものはやっぱりあって、それは頑張ればいいわけだ。精神的には全然難しくないと信じている。これは今も変わらない。ただすべての事象に当てはまらないと言うことが分かっただけだ。例えば、僕がこの年で博士号を取得したいと思えば、今の仕事で社会人ドクターの道はあり得ないので、多少無理があるかも知れないし、修了後の職がないだろうが、今の仕事を辞めて博士後期課程に進学して、一生懸命研究に励めば、おそらく博士号はとれると思うのである。努力して何とかなる物は気が楽で何とかできるように努力するのだが、自分の範疇を越えている事象は本当に難しい。

何とかまとめ書き

25日分を除いて、日記のまとめ書きをしてしまった。なんだか大変な数日である。25日の分はちょっと時間ができるまで待ってください。記事はすぐに書けるんだけどそれ以外にもやることがあるので、ちょっとお待ちを。

2018年も今日でおしまい

## はじめに2018年も気がついてみれば大晦日。今年も昨年までと同様の書き出しで・・・ 年末はこのサイトを運営しているサーバーが危うく死にかけたということを除けば、さほど大したネタもなかったので、のんびりとした大晦日を迎えることとなった。例年通り、残り時間を気にしてこの記...… Continue reading

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Published on December 28, 2018

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Published on November 28, 2018