2004年07月21日 水曜日

日本人的責任のとり方

僕はこれまでずっと思ってきたのは、日本人の偉い人の責任の取り方がどうも責任を取っているとは思えず、ただ逃げているだけに見えて、釈然としていなかったのであるが、今日帰り道本屋で立ち読みをしていて気がついた。_切腹して自害するか、出家して世を捨てる_と言うのが、正しい日本人の責任の取り方なんですね。生き恥をさらして、罪を負って辛く苦しみながら生きると言うのは選択肢には入らないのだな。つまりどっちも死んだことにして、全て投げ出すのが正しいあり方ということで。今後の考察の一つに繰り込んでおこう。

最近の読書

ここ最近昔読んだ本を思い出したかのように再読中。先週後半はリチャード・プレストンの「ホット・ゾーン(文庫版のリンクにしておく。)を再読していたわけだが、相変わらずたいがいのホラー小説より恐ろしい本だ。脳天気に日本は平和だなと思う人はこの本を読むべきだ。我々の社会が如何に脆弱かと言うことが見えてくると思うので。
今週は180度違うが、こっちもある意味考えるところが多い小説である新井素子の「チグリスとユーフラテス」を再読中。あらかた読んでしまったが、2001年5月16日の日記にも書いたように、個人的に共感するところが多い関口朋美の章が圧巻だと思うのだが、どの章もかなり主観的で幾分理由付けがしつこすぎる感はある。まぁ新井素子氏の作風なのかな。(僕は彼女の小説はこれしか読んだことがない。) ただ「誰もいない宇宙港。舗装を破って思いっきり繁茂しているセイタカアワタチソウ。そんな中を飛んでいる2匹の蛍」という一つの情景から、何故こういう情景になったのかという話に持っていく過程に、「最後の子供」があり「人類の滅亡」というもののありようの一つが示されていると言う点で、一読の価値はあると思う。最後の生き残りというのは何とも切ない存在だなぁとしみじみ思ったのである。