統計

2004年08月04日 水曜日

知識の無限の階梯

最近の議論から。物事を演繹的にもしくは帰納的に理解したい・教えたいという欲求は誰でもあるのですが、僕はそれは罠だと思うのである。ある理解したいことの起源や発見の動機や根源的な概念から筋を追って演繹的に順々に理解したり教えられたりできるとと格好がよいと思うのだが、実際はなかなかできない。僕は経験的に最初に習う(教える)時は可能な限り身近な具体的なものを手にとってと言うのが、一番だと思うからだ。
まぁ言い出すと知識という物は無限の階梯が広がっていると思うわけだ。僕は物理屋さんの端くれだったので、さかのぼった物の見方をしてみる。たとえばスタックとか言った電子回路的にも存在する記憶データ構造について考えてみることにすると、
電子回路屋さんだったらこういうかも知れない。

2004年05月14日 金曜日

竹内 薫 / 「『ファインマン物理学』を読む 量子学と相対論を中心として

今日いつも巡回している書店の物理関連書籍を眺めていたら、「『ファインマン物理学』を読む!」と言う直感的なタイトルの本が置いてあったので眺めてみる。著者はNatureから出ている本の翻訳をされているサイエンスライターの竹内氏の新しい本。「『ネイチャー』を英語で読みこなす」という本も面白くて結局買っちゃった経緯があるので眺めてみたわけだが…
リチャード・ファインマンの「ファインマン物理学」という本は世間一般の評価では「教科書」と言うことになっていると思うのだが、僕はファインマンという飛び抜けた才能を持った物理学者の頭の中身をかいま見せてくれる非常に優れた「講義録」と理解している。とにかく面白いのである。我が家の書棚にも元物理を志しただけあって、全5巻がそろっている。学生時代に熟読したのは第3巻の「電磁気学」なのであるが、電磁気学を熟読したのは恐ろしいほど電磁気学を必要としていたためで、理解のイメージも欲しかったのと、非常にこなれた説明で分かり易かったと言うことがあるからかもしれない。
ただ全5巻そろっているわけだが、僕自身は最終巻の第5巻「量子力学」にはほとんど手を付けていない。内容は何度か眺めているのだが、学生の頃の感想は_非常に理解しにくい_と言うことだけであった。ただファインマンの主要な業績は電磁量子力学であって、_量子力学こそ本領_のはずである。よく考えると古典力学も相対論も電磁気学も非常に分かり易く説明するファインマンが、量子力学だけ失敗するようなことはあり得ないのである。(分かり易くと言っても、それなりに難しいですよ。計算できてその計算の意味が理解できなければ。)
この本は_いきなりその「量子力学」から読み解こう!という面白い視点の本である。じゃぁ読んでみようと思って買ってきたわけであるが、やっぱり面白い。で、この本をパラパラ眺めて理解したのは、ファインマンの「量子力学」と同じ感想を持っている朝永振一郎の「量子力学」も読みづらくて正解だなと思ったのである。両者に共通して言えるのは、「行列力学」のなりたちから_話を進めていると言う点である。
通常学部における量子力学の教育はよっぽどのことがない限り、シュレーディンガーの波動方程式からスタート(前期量子論の種々の実験なども入るかもしれないが)で、代表的な系の波動方程式の解法に進んで、たいがいの人は1次元調和振動子の解法もしくは水素原子の計算で脱落していくわけであるが…(前者は場の量子論で必要な議論だからやっておく意味はあるけども、後者は僕は計算の複雑さから考えてもあまりやる意味を感じない。いずれにしても履修時に特殊関数をほとんど学んでいないのだから、脱落するわなぁ。)
僕は工学部の出身なので量子力学はそれ自身を研究する学問ではなくて、ツールとして使いこなす必要のあるものであったため、計算できて実験の結果とあえば良いというもの以上の何物でもないのであるが、果たしてそれだけで良いのだろうかと言うところはある。まぁ学生時代にもそれはいかんと思って、朝永先生やファインマン先生の本を読んでいたのだが、実際問題そこにある問題を解けることの方が重要で、どうしても理解したいという意気込みより研究を進めたいという方が優先されてしまった感はある。(そんなわけで量子力学は途中までしか勉強してなくて中途半端な状態。実際は古典統計力学の範囲で計算できる系を扱っていたので。)
今回この本を眺めて、上記の2冊の本を再読しようと思い至ったわけである。今はそんなに即物的な立場にはないので、勉強の前提条件も異なり_自由になった_といえるかもしれない。そういう目で見れば非常に面白い本だと再認識したので、じっくりファインマンの本を楽しめる用になったのではないかと思う。しみじみこういう本が出てありがたいのである。

2004年01月02日 金曜日

「南国のバラ」と「皇帝円舞曲」と「美しく青きドナウ」

正月と言えば、ウィンナーワルツと言うことで、久しぶりにウィンナワルツの入ったCDを取り出してみる。今年はVPOのニューイヤーコンサートを見逃したので、CDで我慢という訳なのだが。(すっかり忘れていたとも言う。) 今日は出かける予定もあったので車でワルツを聴きながら移動というのもなかなか良いかもしれない。
「美しく青きドナウ」は言わずとしれたヨハン・シュトラウス II世の名曲で、僕がクラッシックを聴き始めたきっかけになった曲なので、クラッシックを聴き始めた高校生の頃の思い出が詰まった曲でもある。スタンリー・キューブリック監督の映画「2001年宇宙の旅」で、宇宙船が宇宙空間を移動するシーンで印象的に使われていたのでそのイメージが抜けない曲だけども、華やかで流麗な曲と言えばこの曲が真っ先に思い浮かぶ曲で、今でも短い管弦楽曲の中ではトップクラスに気に入っている曲である。
「美しく青きドナウ」と同じくらい長く愛聴しているワルツといえば、「皇帝円舞曲」であろうか。出だしから豪華で、特に中盤部の華麗な展開がやっぱりたまらない名曲だと思う。車を運転している時に気分が良くなっちゃう曲はこの曲を置いて他にあるまい。(「美しく青きドナウ」や「ウィーンの森の物語」ほど曲に物語性が無いのが良いのかもしれない。)
「南国のバラ」は最近見直した曲である。ひっそり始まるのであるが、4つの親しみやすいワルツが交互に現れて非常にまとまっている曲。この曲も車を運転している時に聴くとなかなかいい気分に浸れる曲かと思う。
シュトラウスのワルツをはじめとした曲はどれも華麗で聴いていて気分が良くなる曲が多く、他にも「ウィーンの森の物語」や喜歌劇「こうもり」序曲や「春の声」といった、旋律を覚えやすくて、それなりに短くまとまった名曲が非常に多いと思う。これから聴きたいと言う人は案外僕と同じようにウィンナワルツからはいると良いのかもしれない。
振り返ってみれば、大学時代にリヒャルト・シュトラウスの交響詩やグスタフ・マーラーや交響曲にはまって以来、非常に複雑で暗い曲ばかり聴いてきた気がする。ウィンナワルツはずいぶん遠ざかっていたんだけども、こうして聴き直すとなかなか素晴らしいので、これを機にまたしばらく聴くことにしよう。(うちにあるのは、カラヤンの87年のVPOのニューイヤーコンサートとベスト盤しかないので、これも良いという意見があればどしどしお待ちしてます。)

2003年07月16日 水曜日

GNU R

まじめな統計計算を滅多にしないので、Excelで十分かと思っていたが、ずいぶん前から直らないバグが結構あり、場合によって_Fatal_なので、Excelでの統計計算にあきれていた。かといって、proprietaryな統計計算パッケージ(たとえばSとかS Plusとか)は非常に高価で入手不可能であるため、Excelを我慢してうまく使い続けてきたが、GNUのSとも言うべきRの日本語化が結構な勢いで進んできたので、これはしたりと思ったわけである。Rって何?と言う人もいると思うので、以下にR Projectのページに載っている説明文を載っけてみる。

2002年04月25日 木曜日

Linux Japan 休刊?

Slashdot-jpの記事から。正式な発表を見いだしていないが、おそらく休刊であろう。休刊になりそうな理由はいくつも思いつくが、最近雑誌を買おうと思わないうえ、Linux Japanに魅力的な記事や連載がないと言う時点ですでに購入の対象から外れている。創刊された時期を覚えているだけに残念であるが、時代の流れのような気がする。
最近思うのであるが、PC系の雑誌、特に開発者向けな雑誌は資料的価値があるので、記事の電子データをすべて添付して欲しいと思うのは僕だけであろうか。雑誌を物理的に保管するスペースがない上、紙媒体だと検索性がないため、文書としての利用価値がどうしてもないのです。内容は玉石混合で、内容の新旧はあるけれどまだWebの方がマシ。どうにかして欲しいと思うけど、やっぱり無理なのかしらねぇ。