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2004年01月11日 日曜日

GNUの20年

ずいぶん前の話になるが、昨年はrmsがGNU Projectへの呼びかけ(翻訳,後の「GNU宣言」の元になる文書だと思う)から20年目の年だったそうな。昨年の9月末の話なので何をいまさらという話であるが、1月5日のNewsforgeにrms自身による「The Free Software Community After 20 Years: With great but incomplete success, what now?」という記事(和訳)が掲載されていたので、読んでみて思い出したかのように日記の記事にすることにした。
ソフトウェアにそれなりに踏み込んでつきあうようになると誰でもそうであると思うが、GNUの成果物の恩恵に預かっていることに気づかされることが多い。僕の場合は今年で11年目になると思う。最初の出会いはテキスト処理をするために使い始めたawkであるが、MS-DOSで使っていたので当然GNU版のawkであるgawk(の日本語版jgawk)だったように思う。当時書くのもめんどくさいテキストファイルのフィルタ処理がこんな簡単な言語でできるもんだと感動して使った記憶がある。(その後、awkの使いこなしでは師匠に絶対勝てねえと思ってperlを使うようになりawkを忘れ、今はテキストの処理の需要があまりないのでなんにもやってないが。)
その後、数値計算でCでプログラムを書く機会が多かった(Fortran嫌いなんで)ので、MS-DOSでMS QuickCを使っていた。Cを始めた頃はこの処理系でよかったが、当時積分計算をすることが結構多くて処理速度を稼ぐために最適化をかけたいことがよくあった。ただMS-Cのような処理系は_学生時代には絶対買えないお値段の処理系_(今も買えませんが)で、とても手を出せる状態にはなかった。またMS-DOSの制約以上の大きなメモリ空間を計算上必要としていたこと(こっちの方がより重大だった)ため、どうしてもMSのツールじゃ駄目だった。そんなときに大学のFTPサーバを覗いていて発見したのが、GNUのCコンパイラGCCのMS-DOS版であるdjgppでした。DOS-Extenderという妙な環境で動く何ともしれないコンパイラだったが、結構長い間愛用していた。
その後のLinuxの登場によりMS-DOSという妙な環境ではなく、何の制約もないUnix互換環境でGCCを使えるようになったので、ソースファイルごとLinuxの環境に移行してしまい、それ以来何かツールを作る環境はLinuxの上でやってきているし、こんな素晴らしいものはないと言うことでLinuxや*BSDの普及活動に時間があったら手間を惜しまず関わっている。まぁ最近はC/C++でプログラムを書くこともなくなったので、すっかり一利用者になってしまったけども。(お仕事上のVBAは除く。あれは選べない環境なので。)
最近の風潮ではGNUのGPLによる配付の縛りがきつすぎて、_GPL嫌い_な人を結構見かけるが、近年のオープンソースムーブメントのよりどころは_Linusによるバザール的開発手法の発明_とESRによる精緻な再定義によるものだとかんがえられる。しかし実際にはそれ以前の_rmsのFree Softwareの運動が基礎として存在_しており、GNU嫌いな人も_アンチテーゼとしての存在としてのGNU_なしには語れない訳だから、すべてに対して影響を及ぼしていると考えて良いと思う。改めて凄いことだと言わざる得ない。
さて、最初のrms自身の記事にもどるが、ちょっと過激なところはあると思うが大いに刺激を感じる記事かと思う。たしかに僕自身も特許やら企業秘密の中に生活している人なので、特許や企業秘密に依存するソフトウェアがどうしてもclosedでものでproprietaryな物にならざる得ないのは理解できるので、「Non-free software carries with it an antisocial system that prohibits cooperation and community.」は、ちょっと言いすぎだろうと思うが、先鋭的な意見を述べて戦い続けなければならない立場を考えると、確かにそう言い切ってしまわねばならないのだと思う。
さらに読んでいくと、

2004年01月09日 金曜日

FFXI三昧(3日目)

今日は_無為な4連休の3日目_(悲)なので、やっぱりFFXIで遊ぶ_ことにする。他にやることがある気もするが気にしても仕方ない… 今日は金曜ロードショーで放送していた「アルマゲドン」を見てしまったからちょっと動きが鈍いかも。
今日はラテーヌ高原北西側の丘でソロで狩りを行いなんとかLv13になった。ここではこれ以上稼げそうにないため、Lv13になってから狩り場を変更。ラテーヌ北側の池(沼)に移動して蟹さんと戯れる。ただこの時点で結構眠たくなったので、適当に切り上げ。だんだんペースがあがってきた気がするので、明日は早めにバルクルムに移動し、PTでレベル上げだなぁ…
ぼちぼちナイトらしいお仕事であるターゲット固定をちゃんと身につけないとならないようです。今のレベルでは自分自身で回復がいまいちなのと、微妙に防御力が足りないので「挑発」をうまく使ってターゲットを前衛で回していますが。
そういえば、外人さんだと思うのだが、最近よく、
「You should be a ranger.」_なんて言われちゃいます。まぁFFXIのキャラクタの名前は指輪物語からドゥネダインの最後の族長の偉大な名前をいただいていますから、外人受けがなんだか凄く良い。(悲) やっぱりレンジャーとして生きねばならないのですかねぇ。FFXIのジョブで合うのはレンジャー(狩人)ではなく、ナイトか戦士か暗黒戦士だと思うのだが。(治癒もできる戦士という意味ではナイトか) 勇猛なドゥネダインをイメージしてナ/戦な訳だけども。有名人の名前をいただいたのは失敗だったかなぁ。映画見た?とか英語で言われるし。(見てないちゅーの。来月だよと言っているのだが… 最近しつこくてうんざりなのです。)

2003年12月20日 土曜日

ついに雪が…

ついに雪が降る季節が到来してしまいました。しがないFR乗りとしてはドラテクを鍛える時期と思って地道にがんばりましょう。今日は下記の通り仙台に行く用事があったのですが、会社が終わった時間帯では仙台に行く道はブラックアイスバーン状態で、もうつるつるでした。今日は乗って帰れないかも…

タラ・カリシェイン, ラエル・ドーンフェスト / 「Google Hacks

8月に出て以来買おうと思っていた本の1冊。ちょっとお値段がと思っていたのですが、もう我慢できなくなったので勢いで購入。Perlのソースが山のように載っているので、これをちびちびrubyやらVB.netに移植すれば結構楽しめると思う。個人的にはSearch Engine Optimaze(SEO)対策のための賢い検索方法を模索できないかなと思うのです。SEOのせいでGoogleはSEOをされた屑情報が上位にくることが多くなった気がする。屑ではないものがSEOされる分には問題ないんだけども、世の中どうして_屑情報を垂れ流す輩がSEOに夢中なんだろう…_

2003年12月19日 金曜日

年賀状発注

全く持って遅すぎです。できあがるのは26日だそうな。今回は写真をそのままフロンティアでシンプルなデザイン付きで出力(という理解で良いはずだよねぇ)なので、それなりに綺麗な仕上がりになると思います。ただ今回の注文で思ったのは、_年賀常用にポジフィルムで写真を撮っておけ_ということでしょうな。2年前の年賀状に使いましたが、どう考えてもプロレーザーポストカードの仕上がりの方が数段綺麗です。来年はちゃんとポジで写真を撮ろう。(というか、どうせ昨年年賀状出してないんだから、昨年の写真でも良かったのか…(泣) 今からキャンセルするかなぁ。)
最近写真の整理をしているせいか、こまったことに毎日某カメラやさんに通っているのだが、そういえば最近クリスタルプリントもして無いなぁということで、来年はまじめにポジで写真を撮りたいものだ。撮りに出かける時間と休みの日によい天気が巡ってこないとなぁ。

2003年12月06日 土曜日

う〜む、恐るべし

今日Googleで自分のページを検索すると、まぁ予想外のところでリンクされているわなぁ。アクセス解析とかしてないからなぁ。予想外のところでは、XML関連のツールの使い方、特にFOPのインストールの仕方_あたりにリンクが貼ってあったり。(あんなページでも_需要あるのか!) まぁ確かに日本語のソース少ないからなぁ。PSGMLとかもまとめると良いかもしれない。(こないだ.emacsから設定を消してしまったが…)
アンテナなるものにも微妙に捕捉されているようだ。もともと動的な日記生成をしていないので、アンテナに登録されにくいのかなと思っていたのだが、その年のインデックスにリンク貼ればいいのか。とりあえず検索性をあげるために日記のタイトルをテンプレートに入れてみました。さすがに「Diary of 2003」だと検索し辛いので。

しまったぁ!じゃないですか。

なにげにテレビを付けてBS-Hi(NHK)を見ると、アバドがマーラーの交響曲第2番「復活」を振っているじゃないですか。しかも第5楽章の最高潮のこんな歌詞の場面。