PC

2004年03月31日 水曜日

サイズ

いつもシャツを買う時に困るのは、_サイズを忘れてしまっていて何を買ったら良いのか分からない_と言う事にある。手持ちのシャツを眺めてくたびれているなぁと思ったので、某洋服屋でネクタイとベルトもセットで購入。で、サイズだが、41cm/86cmあたりでちょうど良いみたい。

お休みは今日でおしまい

今日で引っ越しにまつわるお休みはおしまい。何ともどたばたした数日だったが、なんとか掃除も完了して、箱から出せる分の荷物も出してしまったので、明日から仕事をしてもよさそうな感触である。基本的な生活に欠けている物と言えば、寝る場所の確保(今は適当な場所に寝ている)、お湯を沸かせない(ガス台を買わねば)、と言う具合。
あと片付かないものはどんな感じかと言うと、本は書棚を買わない限り収納不能、PCは机を買わないと置場が決まらないと言ったところか。PC関連は昨日B-Fletsも加入申込したので、光ファイバーの終端装置の置場次第で決まる物と思う。家具関連は退職金が入った後だなぁ。(明日退職金が振り込まれるらしい。)

2004年03月28日 日曜日

鋼の錬金術師

最近至るところで勧められたり見かけたりするので、「ふぅーん」と思っていたのだが、近くのセブンイレブンに7巻まで入荷したので一気に購入。うーむ、なかなか面白い。コミック ガンガンはたまにヒットする漫画の連載(これまでの実績は「魔方陣グルグル」「まもって守護月天!」)があるので、目が離せない。引越し作業中に漫画を読んでいて良いのだろうか…

今日の作業

今日は引越し作業前半の最大の山場となった。ハードディスクのバックアップ、PCのバラシと梱包、オーディオ・テレビ周りの片付けなど。夜12時の段階でほぼ作業は完了し、明日の荷出しに間に合う段取りとなった。あとは賃貸契約や新しい会社の入社関連の書類を書いて、なんとかおしまい。

2004年03月27日 土曜日

ひたすら引越し作業

ひたすら引越し作業。今日の段階で目に見えるもの以外はほぼ梱包も終ってしまったし、捨てられるゴミもほぼまとめてしまったし、あとの大物はPCとオーディオとTV周りの配線物か…

サイモン・ラトル / マーラー 交響曲第5番

サイモン・ラトルがベルリンフィルの音楽監督に就任したのは昨年であるが、BSでやっていた就任演奏会のライブCDである。BSで放送を見た時に_これはっ!!!_と思っていたので、見た時に即購入となった。マーラー 交響曲第5番は個人的に非常に好きな曲でCDだけでも結構な枚数があるのだが、これは買わねばならないという類のCDであろう。この曲は僕はバーンスタインの新盤の方がベースとなっていて、バーンスタインの思い入れと熱意がこもっている演奏がお気に入りなのであるが、この演奏はブーレーズの緻密でクールな演奏とも方向がちがっていて、新鮮な驚きがある素晴らしい演奏だと思う。
僕のところにはサイモン・ラトルの演奏はメシアンの「トゥランガリーラ交響曲」しかないのであるが、このCDも素晴らしいCDだった。この曲は凄く難解な曲だと思うのだが、ラトルの演奏は曲が分からないなりに非常に楽しめるので。あとマーラー交響曲第7番も聴いとけと言う話なので、これも買わねば。まぁとりあえずこれから10年のベルリンフィルからは目が離せそうに無い。

2004年03月22日 月曜日

一気に片づけ

今日は一気に片づけを行った。書棚に入っていた本のほぼすべてとタンスに入っていた衣服のほぼすべての荷造りを完了。あとは箱詰めが困難な小物類とPC関連機材・写真用機材などが手つかずで残っている状態だが、すべて目に見える場所においてあるので、片づければ成果が見えるようにはなっている。
ここまで片づけたところで、昼飯でも食べようかと思い立ちカップラーメンなどを買ってきたのだが、_鍋なんかとっくの昔に片づけてしまったわい_と言う状況で、食べることができませんでした。再度コンビニに行く始末。なんだかなぁ…

2004年03月21日 日曜日

部材の発注(その2)

昨日できなかったお仕事。今日も仙台まで出かけて買い物を実施。しばらくモバイル環境になる予定なので、VAIO C1のSmallバッテリとタイマー付きの照明(8畳用)を購入。いったん必要そうなものは全部購入したという感じか。

2004年03月18日 木曜日

引っ越しの準備作業

引っ越しの荷物をまとめるにせよ、困ったことに_段ボール箱を置く場所がない!_という手狭な部屋なのである。前回の引っ越しの時もそうであったが、前回の引っ越しは少なくとも今の部屋より広かったのでいろいろやりやすかったが、引っ越してきた時にうんざりするような状況だったから、その再現である。
とりあえず向こうに行っても使いそうにもないPCラックを畳んでみた。すると思った以上に部屋が広くなったので、掃除をしてから引っ越し作業を開始。とりあえず書棚が足りなくて片づかない本から片づけることとして、箱詰めしてみるとなんだか雑然としていた部屋がだんだん片付く感じがしてきた。
PCラックや処分しようと考えているがどうしようというもの(SCSIを失って使えなくなったフィルムスキャナなど)は、あげちゃうこととした。と言うことで、いつもお世話になっている高橋@衣川さんを召還することになった。

2004年03月10日 水曜日

PPP接続環境の再構築

もうすぐ一時的にブロードバンド生活ではなくなるため、久しぶりにPPP接続環境を再構築。今月頭にAir-H つなぎ放題なコースを期間限定ということで復活させたので、PPPを使えるようにしないとならないんだった。モデムでつながなくなって早1年以上なので、すっかり手順自体を忘れている。
通信端末はviola(VAIO C1 VR/BP)なので、使いたい環境はDebian GNU/Linux(sid)な環境である。VPNを張るためにPPPをインストールしたあったのだが、PPPでモデム経由でつなぐ方法は_当然忘れた_ため、いまいちうまく接続できない。そういえばppxpというのもあったなぁと思い立ち、早速インストールしてPPP接続をしてみたらあっさりつながったので、これを使って当面しのごう。

2004年01月21日 水曜日

外付けCDROMドライブが欲しい…

現在mp3化のため莫大な枚数のCDをリッピングして、mp3エンコーディングしているわけだが、作業の最大のネックは、_ホームポジションから立ち上がって数歩歩かないとCDの交換ができない_ことにある。まぁそれくらい良いじゃんと思うのだが、液晶モニタをテーブルの上に置いて床に座って作業をすることに最適化した配置になっている関係でPC本体へのアクセスは悪く、不便なのです。
リッピングとmp3エンコーディングはあっという間に終わるので、頻繁にディスク交換が発生することもあり、CDROMドライブはUSBで引き回すことにして買い足さねばならないかなぁと思っている。(作業がやりにくくて作業が進まないのはちょっと考え物なので。) うーむ、9000円くらいの出費かぁ。ごたごたしている今の状況が改善したら考えよう。

2004年01月18日 日曜日

すべてやり直し…

カーオーディオをMP3/WMA対応プレイヤーにして以来、もう_MDはいらん_と言うことで、MP3かWMAを使う生活になった。前のプレイヤーがどっちも使えたので、リッピングした音楽は曲名などの情報に漢字を含む文字を入れてもOKなWMAでエンコードするようにしていた。こんな感じでレンタルで借りてきたCDや家のCDをひたすらリッピングしてWMAにしてきたわけである。(だいたい40枚くらいですか。)
新しい車でも聴けるかなぁと思っていたら、WMAはまったく使えないじゃないですか! ということで、今までの作業は_すべてやり直し_なのです。(リッピングしたままのWave Formatは残してないので。) まぁ前回のリッピング・エンコーディング作業との違いはPCが高速化されているということで、たとえば前回國府田マリ子さんのCDを10枚エンコードするのに数時間かかったが、今回は漫画を読みながらのながら作業で30分くらいしかかからなかったため、気をよくしてさくさくエンコードしてしまおう。

2004年01月11日 日曜日

GNUの20年

ずいぶん前の話になるが、昨年はrmsがGNU Projectへの呼びかけ(翻訳,後の「GNU宣言」の元になる文書だと思う)から20年目の年だったそうな。昨年の9月末の話なので何をいまさらという話であるが、1月5日のNewsforgeにrms自身による「The Free Software Community After 20 Years: With great but incomplete success, what now?」という記事(和訳)が掲載されていたので、読んでみて思い出したかのように日記の記事にすることにした。
ソフトウェアにそれなりに踏み込んでつきあうようになると誰でもそうであると思うが、GNUの成果物の恩恵に預かっていることに気づかされることが多い。僕の場合は今年で11年目になると思う。最初の出会いはテキスト処理をするために使い始めたawkであるが、MS-DOSで使っていたので当然GNU版のawkであるgawk(の日本語版jgawk)だったように思う。当時書くのもめんどくさいテキストファイルのフィルタ処理がこんな簡単な言語でできるもんだと感動して使った記憶がある。(その後、awkの使いこなしでは師匠に絶対勝てねえと思ってperlを使うようになりawkを忘れ、今はテキストの処理の需要があまりないのでなんにもやってないが。)
その後、数値計算でCでプログラムを書く機会が多かった(Fortran嫌いなんで)ので、MS-DOSでMS QuickCを使っていた。Cを始めた頃はこの処理系でよかったが、当時積分計算をすることが結構多くて処理速度を稼ぐために最適化をかけたいことがよくあった。ただMS-Cのような処理系は_学生時代には絶対買えないお値段の処理系_(今も買えませんが)で、とても手を出せる状態にはなかった。またMS-DOSの制約以上の大きなメモリ空間を計算上必要としていたこと(こっちの方がより重大だった)ため、どうしてもMSのツールじゃ駄目だった。そんなときに大学のFTPサーバを覗いていて発見したのが、GNUのCコンパイラGCCのMS-DOS版であるdjgppでした。DOS-Extenderという妙な環境で動く何ともしれないコンパイラだったが、結構長い間愛用していた。
その後のLinuxの登場によりMS-DOSという妙な環境ではなく、何の制約もないUnix互換環境でGCCを使えるようになったので、ソースファイルごとLinuxの環境に移行してしまい、それ以来何かツールを作る環境はLinuxの上でやってきているし、こんな素晴らしいものはないと言うことでLinuxや*BSDの普及活動に時間があったら手間を惜しまず関わっている。まぁ最近はC/C++でプログラムを書くこともなくなったので、すっかり一利用者になってしまったけども。(お仕事上のVBAは除く。あれは選べない環境なので。)
最近の風潮ではGNUのGPLによる配付の縛りがきつすぎて、_GPL嫌い_な人を結構見かけるが、近年のオープンソースムーブメントのよりどころは_Linusによるバザール的開発手法の発明_とESRによる精緻な再定義によるものだとかんがえられる。しかし実際にはそれ以前の_rmsのFree Softwareの運動が基礎として存在_しており、GNU嫌いな人も_アンチテーゼとしての存在としてのGNU_なしには語れない訳だから、すべてに対して影響を及ぼしていると考えて良いと思う。改めて凄いことだと言わざる得ない。
さて、最初のrms自身の記事にもどるが、ちょっと過激なところはあると思うが大いに刺激を感じる記事かと思う。たしかに僕自身も特許やら企業秘密の中に生活している人なので、特許や企業秘密に依存するソフトウェアがどうしてもclosedでものでproprietaryな物にならざる得ないのは理解できるので、「Non-free software carries with it an antisocial system that prohibits cooperation and community.」は、ちょっと言いすぎだろうと思うが、先鋭的な意見を述べて戦い続けなければならない立場を考えると、確かにそう言い切ってしまわねばならないのだと思う。
さらに読んでいくと、