Physics

2003年07月27日 日曜日

ウェルナー・ハイゼンベルク / 「部分と全体 - 私の生涯の偉大な出会いと対話」

別に今日買った本ではなくて、大学に入った頃に買って、何度も読んだ本である。いきなり出てきたのは、昨日までの地震で書棚の整理をせざる得なくなったためであるが、、懐かしいので読み返すことにした。しばらく楽しめるだろう。
この本は、20世紀を代表する物理学者の一人であるウェルナー・ハイゼンベルクの自伝である。対話集という形を借りた自伝となるだろうか。ボーアやアインシュタインやパウリやフェルミやと言った偉大な物理学者との対話は本当に書かれている内容であったと思われるのだが、高校時代の友人との対話は過去の記憶がだいぶん増幅されていると思うけれど… アインシュタインとの対話は必読に値すると思える痛快さで実におもしろい。 本書を通じて一貫して言えるのは、ハイゼンベルクという人は物理学に対しては特にそうだと思うが、それだけではなく何事に対しても実に真面目に取り組む人なのである。
この本は第二次大戦後に、ナチスに協力したのではないかと言う嫌疑をかけられたハイゼンベルクの弁明と言う読み方もあるかと思うが、ドイツ人だから出来る・せざる得なかったハイゼンベルクの決断というのもあるのであって、大部分の日本人にはこの本をそういう穿った読み方ではなく、立場を理解して読めるのではないかと思う。
ハイゼンベルクはドイツで原子爆弾の開発で指導的な立場にもあったわけだが、この本によれば結局原子爆弾の開発に目処を付けられても、ウランの同位体分離にかかる技術的なコストが大きいと判断し、爆弾の開発は進められなかったように書かれている。広島への原子爆弾の投下という大惨事に対して行った仲間との対話で、ハイゼンベルクは以下のように言っている。

2003年06月23日 月曜日

帰路

帰路は特に問題なく、波乱もなく、無事に仙台空港に着いた。(普通そうだ。行きの波乱が変なのだ。)

竹内 薫 / 『ネイチャー』を英語で読みこなす

Nature(日本語版)といえば、Scienceと双璧をなす科学雑誌であるが、科学全体を扱う学術誌という位置づけで良いんだろうか。たしかにNatureとScienceに掲載される論文を書くというのは自然科学の研究者の目標の一つだとは思う。
久しぶりにブルーバックスを見に行ったらこの本が置いてあったので早速購入。もともと_英文誌であるNatureを英語で読みこなすのは当たり前_なのであるが、そういうつっこみはおいて、なかなかおもしろい視点を提供してくれる本である。よくReadingの教材にTimeやNewsweekを使えなんて言うアドバイスがされるが、典型的な理系人間にとっては少なくとも政治経済より自然科学の記事の方が読みやすいのは当然(自然科学を志しても技術屋でも政治経済に興味を持てないと当然駄目だと思うが)であるから、TimeやNewsweekよりNatureの方が読みやすいと思うのは当然か。(もともと自然科学系の英文の方が読みやすい傾向にあるけれど。) たしかにマスターの頃に先生に「日々、NatureのHighlightsやPhysical Review B(Condensed Matter and Materials Physics)のAbstractに目を通しなさい」と言われたもんだが、確かにこういう努力を忘れたら駄目な人になっちゃうなぁ。(実際駄目な人に成り下がっているし。)
そういえばこれまで気が付かなかったが、日本で売っているNatureのhighlightsは日本語訳が付いているんですね。しかもNews and Viewsも「知の創造」と言う選集が翻訳されて出版される時代になったので、「知の創造」を読んで気に入った記事の原文を読めば確かに勉強になるわねぇ。なるほどと言う話でした。

2003年05月03日 土曜日

研究室のOB会

今日は以前より予定していた仙台近郊にすんでいる研究室のOB会で名取のサッポロビール園でジンギスカンを堪能。ここは結構近くて北海道で食べるジンギスカンとほぼ同じようなおいしさでなかなか満足なお店です。参加したのは白根さん、山本さん、森江君夫妻、松本君、僕の6人。松本君にははるばるつくばよりの参加でご苦労さまでした。
久しぶりにかつての仲間と会って話ができるというのは楽しいものです。話題は近況から始まって、家庭をお持ちの方々は、家やマンションを購入する話で盛り上がっていましたが、僕らもそういうことを考える年齢になったのよねとしみじみ思いました。また次にやるのは1年後くらいかな。

2003年03月31日 月曜日

春はお別れの季節なのです

ここ数年、春はお別れの季節なのです。新人が入ってこなくなって何年たつのか忘れちゃう(実は丸6年になる)ほど、新入社員なんて見たことがないという寂しい状況なので。不況といってもある程度の新らしい人を入れないと、組織が腐ってしまう(すでに腐っている)と思うのは、僕がまだ健全だからだろうか。
ということで、今日は26日の日記に書いたように、同期入社の友人が会社を去っていきました。気がついたら身の回りの同期の仲間も約半数になってしまいました。寂しくなったものです。ということで、春はしみじみとお別れの季節なのです。
Off Courseの「僕の贈り物」という歌は素朴で好きな歌なのですが、春をこういう風に歌っていたと記憶しています。

2003年03月29日 土曜日

今日は安塚君と飲み

今日は研究室の一期下の後輩である安塚君が物理学会で東北大学に来ているので、久しぶりに飲みに行った。学生時代の知人とはだいたい数年に1度あう機会があるけれど、安塚君とは3年か4年ぶりですかね。BBSでの書き込みの通り、彼はアメリカに半年くらい行っていたからそのおみやげ話や今勤めている研究所の話などをいろいろと聞いた。安塚君は学生時代の頃ままの雰囲気で、相変わらずマイペースで頑張っているなぁと思ったのであるが、元気にやっているようで安心しました。次にあうまでお互い頑張りましょう。

2002年10月31日 木曜日

10月ももうお終いかぁ

月日が流れるのは速いものだなぁ。もうすっかり10月も終わってしまった。これからは怒濤のごとく年末まで仕事三昧であるに違いないのだ。

SANE良いねぇ

28日の日記に書いたが、SANEを実際に試してみることとした。スキャンされた映像は11月度の「Monthly Photograph」に掲載したヒメミヤシラユキさんの写真(27日に撮影分)。スキャンした写真のスキャナ側の露出やピントはおおむね問題ない感じで、Windowsの環境でスキャンした結果とたいして変わらない印象。というか、ディスクへの書き込みが速い(HDDが違うので物理的な書き込み速度の差はあると思うが、FileSystemレベルの差の気もする。)ので、なかなか軽快な環境だ。どんどん使っていって良いかも。
ただGimpの使い方がいまいち分かってないんだよねぇ…

2002年10月12日 土曜日

おがわ的視点

今日チャットでいろいろ話していると、確かにそうかなぁと。
こういろいろと好きな芸能人の話(普通に好きなタイプという話に一般化できるが)をしていると、僕の好みの根元は「可愛い」と言うキーワードに集約されそうだ。確かに「可愛い」と言うキーワードは、僕の場合ほとんど女の子にしか使わないのでそうならざる得ないのであるが。至極単純である。
僕の場合、言葉の用法が少し偏っていて、「美しい」とか「綺麗」とか「エレガント」と言う言葉は、絵や音楽と言った芸術な分野でも使うし、方程式(だいたい偏微分方程式が多いねぇ)や物理法則にも適用する事も多い。だからこの手の形容は主観ではなく客観的な視点で述べている場合が多いわけだ。
そう言う点では、「可愛い」と言う言葉は至極主観的で、魂をくすぐるような人にしか使わないのは確か。それゆえに、実際に会ったことがある人にしか使えない言葉だったりする。と言うことで、「可愛い」と言う言葉はありきたりな言葉には違いないが、おがわ的には凄く良く思っていると言うことになる訳だ。実際に僕に面と向かって「可愛いですね」と言われた人は何人かしかいないはずだけども…
まぁそのうちもう少し整理されるだろうが… もっと使う言葉に深みが必要かなぁ。

2002年09月30日 月曜日

今日はお休み

今日は会社に超えらーい人が来るらしく、午前中はクリーンルームに入るなと言う通達がでていたので、午前中は仕事にならないだろうと言う事で、この際1日休みにした。とりあえず、疲れを取るために、半日眠って、午後はいろいろと書きものと洗濯をした。一日これでおしまいと言う感じ。

竹内 淳 / 高校数学でわかるマクスウェル方程式

最近滅多に講談社ブルーバックスを購入しないのであるが、タイトルを見て良いかなと思って購入してみた。
Maxwell方程式と言えば、電磁現象を支配する基本的な方程式であるが、良く考えると高校の物理でそのほとんどを習うのよねと言う事で、割と分かりやすく書かれていると思う。Maxwellの方程式は積分形で書いた方が分かりやすいと言う人も多いが、この本でも積分系の簡便な形(Gaussの法則の場合、積分する閉曲面と電場や磁場が垂直に交わる場合に限定)と言う風な書き方なので、まぁ高校数学の範囲ではこの辺が妥当な所か。
個人的には微分形の美しい式と、Lorentzゲージにおける電磁ポテンシャルで書きくだしたMaxwell方程式を眺めていると、自然は本当に美しいと思う訳であるが、こういう喜びは大学生になったあとのために残しておきたいものだ。
Maxwellの方程式は現在の高度なエレクトロニクス社会の底辺を支える重要な基礎方程式であるが、その片鱗も知る事なく高校を卒業していく日本の高校教育と言うのは一体と思う訳であるが、物理や数学自身が嫌われている状況を考えるにつれて、どうしたものかと思ったりする訳だ。物理学と言うのは、物理の問題を解くためにある訳ではなく、_自然を知り、理解するために存在するものだ。その「理解する」_と言う喜びをうまく教えられたらなぁ。きっとその辺に解があるのだと思うが。

2002年05月29日 水曜日

最近忙しいなぁ。

首が回らない感じというのはこんな状況のことなのかなぁ。なんかせっぱ詰まっているというか、発散的にやることが増えてるなぁ。

ゆゆしき話題だな

極低温OBのMLに物理学会の磁性分科会MLからのメールを尾藤さんに転送していただいたものから、記事概要はasahi.com簡単に言えば発見の捏造と言うところか。以前旧石器遺跡捏造事件に関して日本の考古学会のレベルの低さを述べた上で、物理というか少なくとも理学の世界には、こんな事はないだろうと高をくくっていたが、やっぱりあるもののか。まったく困った話だ。要は違う物質での実験結果なのにノイズの載り方まで同じという話。大学でのゼミとかで論文を読むときにはこの手のおかしいところを見つけられるのかも知れないが… 論文を読むときには気をつけないとと言う話かも知れない。

2002年04月25日 木曜日

Linux Japan 休刊?

Slashdot-jpの記事から。正式な発表を見いだしていないが、おそらく休刊であろう。休刊になりそうな理由はいくつも思いつくが、最近雑誌を買おうと思わないうえ、Linux Japanに魅力的な記事や連載がないと言う時点ですでに購入の対象から外れている。創刊された時期を覚えているだけに残念であるが、時代の流れのような気がする。
最近思うのであるが、PC系の雑誌、特に開発者向けな雑誌は資料的価値があるので、記事の電子データをすべて添付して欲しいと思うのは僕だけであろうか。雑誌を物理的に保管するスペースがない上、紙媒体だと検索性がないため、文書としての利用価値がどうしてもないのです。内容は玉石混合で、内容の新旧はあるけれどまだWebの方がマシ。どうにかして欲しいと思うけど、やっぱり無理なのかしらねぇ。