Mathematics

物理数学関連の本

高校生の頃はまさか自分が物理を志して、気がついたら物性の道に進み、何を間違えたか何の関係もない世界でやっぱり物理を使っているお仕事をする羽目になろうとは思わなかった。本と物理嫌いだったので。まあ数学は好きだったせいか、自分が必要な範囲であまり数学で困る羽目に陥ったことはない気がする。(正確には困ったら困ったで楽しむことにしているので苦になっていないだけだが・・・) 学生時代は本当に何も無い片田舎に住んでいたせいか、バイトはしていた物の、そこそこ暇な時間はあって、パズルゲームに取り組むがごとく計算していたのだろうと思う。(特に2年目と3年目は物理数学三昧だったなあ。) 先日職場にて、物理数学ってどんな本を読みました?と聞かれたので、思い出しながら書いてみることにする。大学の1年目で基礎的な解析学と線形代数をこなしている前提でいいよね。

第9 光の鉛筆

そのうち揃えようとコツコツ買ってる鶴田先生の「光の鉛筆」なのですが、うちには3巻と5巻があります。必要な話題が載っているところから購入しているのですが、置き場所を考えるとなかなか購入できないのです。今日書店で最新刊の9巻を見つけました。パラパラ眺めたら個人的な興味で買わないわけにいかなくなった。というのも・・・Zernikeの円多項式の導出と収差許容値まわりの話題が載っていたからです。(他面白いところでは、Brillouin散乱、超音波による光の散乱、プラネタリウムの歴史、測距儀とレーダーの歴史と言うところで、読みどころ全部・・・)
「鶴田先生によるゼルニケ多項式の解説が読めるのは、光の鉛筆だけ!」とかどっかのコミック雑誌のようなキャッチフレーズを書いてみます。ということで、Born & Wolfの教科書の付録じゃ厳しすぎる(アレは後出しじゃんけん的に出てきた整理された議論なのだが)のと、じゃあZernike先生がどう扱ったのかと原論文を読もうにも、独語で書かれていて私が独語の論文をもう読めないのですでに終わっているのもあって、ある程度追いかけられるように書かれていてありがたい。個人的にはBorn & Wolfの教科書の方法で追いかけるだけならできるのですが、どう思いついたのか?そこが知りたいのでした。
論点としては、Legendreの微分方程式から、原点を中心にした回転に対する普遍性を持った偏微分方程式に変形して、ごにょごにょ変数変換して超幾何方程式にすると・・・このあたりのごにょごにょはおそらく私の祖父くらいの世代の物理屋さんにはお手の物だったのでしょう。位相差顕微鏡をつくるために必要だったのでこしらえたという物なんですかね・・・ 実際の収差への分類は戦後に行われているようで、60年代初頭にはまとまって。実際の応用先は70年代になって某産業で使われる光学機器を作るために必要になったという話っぽい。興味がある人は国内でもそんなにいないだろうから、買って読めばいいと思います。現代的にお勉強するなら・・・Born & Wolfのあの教科書で良いと思いますし、導出とか構成法とかは学習者も利用者も必要はないですね。ただ歴史的にどうあったのか興味だけですね。

オイラーの公式って不思議な式だよね

そういえばお仕事的にはたまにオイラーの公式を教えることがあるのだが、これ美しい公式とは思う物の、これが如何に奇天烈な式かなかなか一見してわからんよね。さらっと理系の常識的な事を言うやつほど分かってないように思う。私もわからんわ・・・

オイラーの公式はこんな式

$$
e^{ix} = \cos x + i \sin x
$$

この公式の奇妙さは三角関数の存在だと思うのよね・・・ $n$を整数として、$\sin (\pi/2+2n\pi)$は1だから、

「数学は上から目線で」といわれても・・・

どうもIT系の人の議論を聞いていると議論の底の浅さを感じてしまう。まあえらい振りをして全然勉強してませんというところが見えてほほえましい。(かく言う僕も勉強しているわけではないが。) 以下、一物理系エンジニアの数学観が入り交じった話。

本題に入る前に「計算の速い子供が数学者に向いているのではないという話」について、僕自身は物理屋さんを志していた学生なので、数学はツール。身の回りを見ても計算の速い人は数学屋よりも物理屋の方が向いている。数学を志す場合の入口に確かに算数や高校までの数学があり、腕力でなんとかなる計算能力に多少の依存はあるとは思う。どちらかというと解があると分かっているパズルを解く能力と言うべきか。(この手の腕力が必要な理由は、なんと言っても数学科に行くためにとても数学とは言い難い受験数学を形式的にも乗り切らないといけないため。) でもおそらく数学を理解するためには抽象化された概念の理解、演繹と帰納といった論理的な方法を使いこなせる能力の方が算術的な計算能力よりも比較にならないほど重要なためであり、そろばんや公文式などで鍛えられる計算能力とどれだけ関係があるかと言われると、ほとんど無相関だろうと思うのである。
でもそろばんや公文式をベースにした暗算が全く役に立たないかといわれると、実はそうでもない。実際の生活で役立つというのは置いておいても、学生の時にゼミでよくその手の計算を黒板の前でやらされた。そのときにお世話になった研究室の先生は、子供の頃にそろばんをかなりやらされていたそうで、結構な桁数の四則演算を暗算できるそうな。さらに計算を速くするためにかなりの個数の平方根・常用対数の近似値を覚えていて、それでいて古典解析学が得意で主要な関数の展開式を覚えているとなると、おおむね実験で必要な有効桁くらいの近似計算だったら暗算でやってのけるのである。数値的な計算が得意ではない僕でさえも何個かの対数を覚えると結構な計算の当たりをつけることができるようになったので、暗算能力はどちらかというと実際の数値を扱う物理や化学といった数学をツールとして使う分野の方が有用だろう。そんなわけで、「そろばんができる→数学ができる」ということは保証はされないが、「数学が理解できる→そろばんができる」という人は確かにいるには違いない。でも必須能力ではないと思う。
さて前置きが長くなったが本題。「数学は上から目線で」の話。実際のところ高校生のレベルで数学を志すとしてそのときに雲の上の高い目標が見えるか、もしくは後から見ても高い目標が見えるかというとなかなか難しい。強いて言えば僕らあたりまでの世代であれば、Fermat-Wilesの定理であれば望みうる最高に高い目標だろうと思う。中学生にも問題の意味が理解できて、証明に関して現代数学の広範な知識や運用能力があっても理解は相当難しいのだから。その理解をしたいと言うだけで数学を志す価値はあると思う。それに比べEulerの公式あたりだとすぐ近くにあるマイルストーンにしか見えない。たしかにEulerの公式は美しい公式の一つであるのは否定しない。でもたとえば複素解析学であればCauchyの積分定理の方が遙かに適用範囲も広く、それでいて美しい公式であると思うのである。
記事を見ていると「オイラーの公式を自分で『発見』してしまった。」とある。ここで「オレって天才!」と思うのは自由だと思うのだが、どのような経路でオイラーの公式を発見したかということが、数学的には重要に思える。
Taylorの定理を不完全に理解しているだけでも、指数関数・正弦関数・余弦関数のべき級数展開式であれば厳密ではなくともらしく導けそうだ。まずTaylorの定理での剰余項をどう見ているか? 関数の定義域全体で剰余項が常に0に収束するということ(べき級数展開可能という条件のはずだが)は、ある一点の値とその無限次の導関数までの値で関数全体の形が決まってしまうというかなり直感的ではないことを言っている。それはどういう場合かを考察してみるだけでもかなり深い。また指数関数の展開式に複素数を形式的に代入してみて正弦関数と余弦関数の展開式のような物が出てきそうだが、そこからEulerの公式に持って行くには、それぞれの複素関数の正則性とか解析接続とかいう関数論的な土台が必要であって、そういう過程がないのであれば、どこかが天下りになっていて、極論すればただ公式を覚えているに過ぎないのではないかと思うのである。
実際にEuler自身はどういう風にたどり着いたかと考えるとなかなかおもしろい。関数論的なアプローチ(上に書いた正則性->解析接続)はEulerよりも後の世代で完成した領域なので、Eulerは全く別の方法すなわちn倍角の公式を虚数を使って表し、nを無限大に近づけるという方法でEulerの公式を得ている。おそらくEulerにとって対数関数や指数関数の考察、三角関数の考察、莫大な計算の経験によって直感的にEulerの公式を自然に理解していたのではなかろうかと思う。(「オイラーの無限解析」の第8章 「円から生じる超越量」のあたりを参照。) 今の大学で習うような解析学の方法ではこのEulerがたどった方法は使えない。(極限操作を行う前に近似式を入れているので。) このEulerの著書は計算オタクにはたまらないほどおもしろい本なので、ちょっと慣れない記法はある物の一読を勧めたい。(かくいう僕も暇つぶしに楽しめる本なので。)
大学時代に数学を勉強していて思ったのは、少なくとも物理数学の教科書(僕は寺沢寛一の「自然科学者のための数学概論」をよく参照した。学んだ教科書はもうちょっと易しい教科書であったが)で学べるような範囲は古典で、計算するとしても腕力と集中力の世界。(たとえばBesselの微分方程式をちゃんと解くとかいうので徹夜するのが楽しいくらいでないといかん。) むろん解けない問題もあるが、そんな問題も数値的なら何とかする方法はあるかもという世界で、計算機に頼れば解ける問題が広がるというところか。実際に僕が数学を勉強しているなと思ったのは、位相とか測度論とかを勉強していたときで、実際のところ講義で聴いても教科書を読んでもこれがすっかり何を言っているのか分からない。ああなるほどなと漠然と概念がわかってきたのはかなり歳をとってから、でも頭が硬くなってしまってそこから先に進まない。そんなわけでいまだに論理を組み立てて議論できるわけでもないし、まあ一生できるようにならんだろうと思う。でも抽象性の高い世界を進んでみたいという気持ちはもと数学を志した人間としてはあるのである。
少なくとも我々大部分が理解している数学的な領域では不完全性定理が問題となるような場合はないくらいに完全な世界だし、不完全性定理の存在を知ったから、数学ライフが0になってしまったというのは、そもそも数学やる気じゃなかっただろうといいたいぐらいである。他が全部抜けているようにしか見えない。Eulerの公式の理解と不完全性定理の不完全な理解だけで数学をおとしめないでほしい物だ。
あと「オイラーの贈り物」を未だに名著と読んではばからない人がいるが、良くできている本であるとは思う物の、この本はEulerの公式の理解を最短距離でやろうという本であって、この本で扱っている話題から、さらにどのような数学の世界がふくらんでいくかということには全く触れられていない。高校生1年か2年の夏休みあたりに取り組んでみるとおもしろいかもとは思う物の適切な指導者は必要だと思う。さらに分厚い「虚数の情緒」だと数学以外の話題が痛すぎる。子供に読ませる気にはなれない本である。枝葉の話と中途半端な物理の話を差し引いて半分くらいの本にすれば良いかもしれないと思うが、そうするとおそらく「オイラーの贈り物」になるのか。大学1年当たりでさらっと読むなら森毅先生の「現代の古典解析」だろうか。これをさくさく読んでちゃんとした教科書に当たっていけばいいのかなと思うのである。
ちゃんと勉強してないし、適当に解析学に足を突っ込んだだけではあるので、適当な物書きではあるが、そんな僕でももっと勉強してから話ししようやと言いたいのである。

2006年09月05日 火曜日

Donald E. Knuth / The Art of Computer Programming vol.1

最近数値計算物の論文を読んでいると、どうしてもTAOCPへのリファレンスが貼ってあるので必要に迫られて購入。言わずと知れた本なのだが、専門外の専門書を揃えていくとなるとそれなりに予算も必要と言うこともあり3年ほど寝かせてあった訳だが、やっぱり必要な本は買わないと駄目みたいです。(本当は本業に必要なMax Bornの「光学の原理」あたりを買わねばならないのだが・・・)
基礎概念の部分は前半の数学的な部分はきっちり読んで、MIXの部分は読み飛ばして良いかと思っている。前半部分はKnuth先生の「コンピュータの数学」でより細かく書いてあるので、実際の所ここだけで3年は遊べそうなのである。(すでに「コンピュータの数学」だけで1年ほど遊んでいる訳だが。)
情報構造の部分は線形リストにしても木にしても、特定のプログラミング言語における実装を通した使い方しか分かってないところがあるので、ここいらで基礎に立ち戻っても良いかもと思うのである。使い方が分かるのと裏のからくりが分かるというのはとてつもなく異なるレベルなので。もっと別な本でも良いはずなんだけど、この本にたどり着いてしまった以上、他の本を買う木にはもうならないだろう。

2006年09月03日 日曜日

青木 峰郎 / ふつうのHaskellプログラミング

Haskellと言う時点でもはや普通ではないのではと言うつっこみはさておき、向井さんの「入門Haskell」と2冊併読すればいろいろ見えてくるかも知れないと言うことで購入。
青木さんの本がよいと思うところは説明がシーケンシャルであるところと、具体的な題材を扱っていることと言うこと。プログラミングの入門書に必要な物は、可能な限り具体的な題材かなと思うのである。第3部でWikiを題材にしており、比較的日常の題材に近いように思う。関数型言語の勉強をしていて最大の悩みはどう日常の処理に持っていくかと言うところで、この本はその悩みのとっかかりを与えてくれそうだ。
LL Ringの企画であった君ならどう書く 2.0 Round 1君ならどう書く 2.0 Round 2を見ていると、_題材の選び方に全くセンスを感じないな_と思うのである。議論が美しいだけに整数論ものに走りがちになるのは理解できるのだが、所詮コンピュータで扱う数学物の問題(特に整数論物)なんてつまらん題材だということがなぜ分からないのだろうか。ああいうのは紙と鉛筆を使って考えることこそがおもしろい題材なのに・・・

2006年07月08日 土曜日

また無駄に齢を取ってしまった

今日は誕生日らしい。すっかりそんなものの存在を忘れていたのだが・・・
誕生日だからと行っても特に普段とは変わらないので、今日の食事も何となく適当なジャンクフードになりそう。なんだか一人で孤独に暮らしていると、どんどん適当なだめだめな生活になっているような気がするのである・・・ なんとかせねばとは思うが、まぁどうにもなるもので無し・・・

サイモン・シン / 「フェルマーの最終定理

僕が大学生をやっていた頃の前半は数学に夢中の日々を過ごしていたのであるが、そのころの数学上のホットな話題と言えば、3世紀の間偉大な数学者の頭脳を悩まし続けてきた「フェルマーの最終定理」が証明されたというなかなかホットな時代に暇な学生をやっていたなと今更ながらに思うのである。フェルマーの最終予想(今では証明されたので、Fermat-Wilesの定理って言うのだろうか)が主張する内容は、中学生でも分かる非常に簡単な定理なのだが、証明には20世紀になって登場した数々の数学の分野の知見を総動員してせざる得ない壮大な話題である。
本書も読もうと思っていて置いておいた本であるが、気が付いたら文庫化されていたので文庫版を購入。この本も青木さんの翻訳。類書は何冊かあるのだが、サイモン・シンの衝撃のデビュー作であるこの本の評価が最も良いので、この本を読んでみる。サイモン・シンも常にマークしておくべきサイエンスライターであろうと思うのである。

2006年07月01日 土曜日

J.R.R トールキン / 「終わらざりし物語(下)

2004年1月31日の日記によると、「翌月購入予定」となっていた本であるが、すっかり忘れてしまっていて、気が付けば2年以上たってしまっていた。最近本は買う一方で積み上げる状態になっているのだが、先日テレビでやっていた指輪の映画を見たら、またつらつらシルマリルを読み始めてしまって、気になりはじめたので購入。
下巻のトピックスとしては、イシルドゥアの死についての言い伝え、ゴンドールとローハンの関係、エレボールへの遠征、ホビットの冒険のガンダルフ的な視点に基づく裏話、セオデン王の息子のセオドレドが戦死したアイゼンの浅瀬の合戦、イスタリの起源、パランティアの石に関する記述などで、上巻は_「シルマリルの物語」を暗記する勢いで読んでないとちっとも楽しめない_が、下巻は上巻とは違い指輪物語しか読んでいない人でも割と楽しめる内容になっていると思う。指輪物語の追補篇を読んだあとであれば十分楽しめるだろう。
残された本はまだまだ膨大で、the History of Middle-Earthという壮大な遺稿集があるのであるが、英語の壁が高すぎて手を出すべきか否か悩ましい。でも僕もいつか手を出すことになりそう。

2006年06月16日 金曜日

Excel2007を評価中

体験って何だ・・・ というのは置いておいて、Excel2007 Betaをインストールしてみました。(正確にはOffice2007 Pro Betaだが)
Excel2007
メニューがなくなってリボンと言う奴になりました。最初は手惑いそうだけど操作自身は本質ではないし、まあ慣れれば気にはならないかも。マウスでオペレーションする方向になったような気はする。ちょっとしたことをするにもいちいち探索することが多いが、右クリックでうまく乗り切れそうではある。もうプルダウンメニューに飽きたし、IE7もそんな感じなので、Vistaではだいぶんかわるのだろう。とりあえずいろいろつっこみどころ満載のExcelで遊んでみよう。ざっくり使えるように設定の変更。

2006年03月14日 火曜日

ノンパラメトリック回帰の話の続き

竹澤さんのノンパラメトリック回帰の本は面白いなと思い、凄い勢いで読んでいるのですが、竹澤さんのメモを読んだら、こんな記事を発見。(263番目の記事。)
本を購入した後、Amazonだけではなく、池袋のジュンク堂にも在庫が豊富にありました。本の内容が分からないと買う気になれないという人は、池袋のジュンク堂にいってみましょう。印刷品質の件はちょっと厳しく書いてしまったかもと思うのですが、せっかくLaTeXで組版されているので勿体ないなと思う訳です。第3版で改善できるようであれば、第3版も買ってしまいそうなのでよろしくお願いしたいと思います。
最近のデータ解析では元の現象が良くわからないけれど、現象を予測する式が欲しい場合が非常に多く、平滑化スプラインをかなり便利に使わせていただいている。確かに「正しい式」よりは「descriptive equation」の方がわかりやすいですね。計算自身は最近はRで行っているので、Rの使い方の勉強にもなっている訳だけども、下巻のRオブジェクトへの変換というところも興味があるので、ここ最近のごたごたが片付いたら下巻を購入したいと思います。
せっかくご意見をいただける機会があるので、コメントやトラックバックをサポートしないとだめかな。(コメントSPAMとかトラックバックSPAMの処理がめんどくさいんですけど。) ちょっと検討しようと思います。