2001年10月29日 月曜日
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してみたので、テスト。
してみたので、テスト。
この言葉は以前にも書いたが、僕の処世訓というか、好きな言葉である。この言葉はアメリカの物理学者であるファインマン先生の言葉(奥さんにそういわれたのだそうだが)で、生き方そのものであったと思う。ファインマン先生風に日本語に訳すと「人がどう思ってもちっともかまわない」とでもなるだろうか。ただその生き方は積極的無責任ではない。しっかり考え、あらゆることに興味を持ち、科学的に思考したうえで、その向こう側にあるものだ。徹底的にこう言う風に生きられる社会ではないが、こう言う自由さはもっていたいし、人の意見に迎合して生きてもつまらないだけだ。
と、言うのはポートレートの話。で、今日思ったのは、僕が思うポートレートを写す究極の行き着く先はどこにあって、どういう写真を撮りたいのかというところだ。その赴く先はどこにあるのかと言うところだ。ポートレートって相手があっての写真なので、その赴く先にはモデルさんの協力なしでは到達することはできないが、おがわが思うのは、一言で言えば**「動きのある写真」**だ。究極的にはモデルさんにいつも動いてもらう。僕もいつも動く。そういった中で写真を撮る。歩きながら流し撮りというのも面白いかもしれない。今見える行き着く先は僕はそこにあると思う。
そういうことで、いろいろと試してみたいことが山ほどある。無論僕は技術の向上のためにいろいろと勉強して、練習していい写真を撮れるようになりたい。モデルさんにもいろいろと手伝っていただくことも多々あると思うし、モデルさんと話をしながら写した写真を見ていかないとならないし。いつも二人っきりで撮影しないと機動力のある写真って撮れないし。(さらに擬似的にでもデートするようにモデルさんに付き合ってもらえるかと言う点もあるし。) そういうことで、そこまでつきあってくれるモデルさんがいるのだろうか。実はそこが重要な最大の問題かもしれない。
当面は止まっている状態できちっと写しきることだ。まだ遣り残していることはいくらでもある。でも今見える最大の目指す先は上に書いたところだと思う。
であるが、残業規制の賜物か、寂しい給料だ。しかも所得税にしても地方税にしても厚生年金にしても、残業しまくっていたころの基準で取られているから、重税感をひしひしと感じる。ある程度年末調整で帰ってくるのだろうか。何れにせよ今年は残業をあまりしていないから、来月くらいから若干苦しさが低減するかなぁ。
最近何かと厳しい状況に追い込まれている。自分の今のお仕事に関してはそう感じていないが、他のあらゆることで、何かとトラブル三昧だ。余暇に楽しんでいることまでトラブルとは。僕はいったいどこで心を癒せばよいのであろう。来週は、紅葉でも見に行って心を癒したいものだ。
うまく行くかな?