PC

2003年03月18日 火曜日

席替え

今日は席替えであった。まぁ席替えって言うのはこじんまりと行うくらいでいっぱいいっぱいな話なのであるが、うちの会社のごく一部の偉い人に、全社的に席替え(もう次元は巨大な引っ越しというべきか)がいるらしく、うちの会社は1年に1回よりも頻繁に引っ越しがある。
引っ越しというのは何ともうんざりする話で、席の移動・PCの移動・机・文書類・棚・共用OA機器の移動という目に見えるものから、床下に這っているネットワーク・電気の確保・PCのIPアドレスの振り替え(なぜかDHCPではないStaticな運用だ)、不要物の廃棄といったものまであって、何かとうんざりな話ではある。しかも中途半端に会社内のネットワーク事情が分かっていると、結構な台数の設定変更の手伝い・サポート、自分くらいしか分からないシステムの移動など、自分の移動だけのお気楽な話でもないというところが疲れるところである。
まぁ前の日の非常のおおざっぱな話でよく無事済んだものだと思った訳であるが疲れ切ったせいか、帰宅後に風呂に入って気を失って溺れかけ、風呂から上がってからテレビを見ながら気を失って、あまりにひどいのでそのまま寝てしまった。もう勘弁してほしいと思う今日この頃である。

2003年03月15日 土曜日

さらばEPSON

唐突であるが、今日_「さらば、EPSON」と相成った。EPSONさんとは僕がPCの世界に戻ってきた時からのつきあいであるから、おおよそ12年のつきあいか。
初めて自分で購入したプリンタはカラー熱転写プリンターのAP-1000であった。(ほとんどカラー印刷しなかったけど。) このプリンタの調子が今ひとつになったのが修士論文を書いている途中で、激しい利用にコストパフォーマンスの悪さとリボンの入手が困難になっていたという経済的要因と、もうガタが来たという機械的要因と、時を合わせて登場した初の写真画質インクジェットプリンタPM-700Cの存在もあって、勢いで更新となった訳だ。(修士論文が詰まっていたという話はあるし、写真を印刷したかったので。) 出力結果を見て当時のインクジェットプリンタの水準を遙かに超えた高画質に我ながら感動したことを今でもくっきり思い出すことが出来る。確かにエポックメーキングなプリンタだったし、見た日に大学生協に走って衝動的に購入したのである。
しばらくPM-700Cで満足がいっていたのであるが、経年変化してくるようで目詰まりが直せなくなったことと、銀塩で写真を撮るようになり、年賀状に鮮やかな写真印刷が出来たらいいなと思い立って2000年12月に購入したのが、PM-900Cである。PM-800Cが出た時には何の感動もなかったが、PM-900Cの印字サンプルを見た時にはPM-700Cの時に感じたような画質面での感動があった。なにせ暴論かもしれないが_本当に写真に見えたのだから。
さらにCDROMに印刷できるとなると、CDROMを作りまくっていた僕としては、ラベルシールに印刷しなくて良いと言うだけで購入意欲をくすぐられた。やっぱり衝動買いとなった。
これまたしばらくPM-900Cで満足していたのであるが、2年以上もたつとやはりガタが来るもので、最近は目詰まりを解決できなくなった。いろいろ試した訳であるが、やはりもうダメそう言う状態。(現状で完全にクリーニングしてもすごく赤っぽい絵に仕上がるし、筋が必ず出る。) 今のところインクはほぼ使い切っているので、現象を出すのにインクを全色購入し、ヘッドクリーニングを何度も行い、現象を抽出して修理依頼となりそうだ。ただインク代修理代を考慮して20000円程度、そこまでやってもある程度の回復しかしないというのは目に見えている。ならばもう一息お金を出して、新機種を買ってしまえ! という破壊的な結論に至る訳である。
まぁこういう背景があって、さらに最近Canon Pixus 950iの印字サンプル(写真紙とCDROM)を見て素晴らしいと思ったし、EOS-Digitalとの相互運用を前提とした提案をしているし、動作音は非常に静かだし、印刷はすごく速いし、EPSONのPM-970Cに比べるとコンパクトということで、今回でEPSONを見限ってCanonの軍門に下ることとなった。これで映像関連はテレビにつながるものはSony、PCにつながるものはCanonに統一されることとなった。
いろいろと印刷してみたが、今回は初期状態のヘッド位置印刷と目詰まり印刷の結果とPM-900Cと比較できるサンプルを印刷しておき、リファレンスとすることとした。(まぁ経年変化で色合いって変わるもんだけど。) CDROMの印刷に関しては、フロントローディングっていうこともありかなり便利。まぁメディアを決めて条件出しすればいい品質で印刷できると思う。
画質に関しては、以前はフィルムスキャンしたもので見ていたが、EOS D30の画像で印刷を試みてもなかなかいい感じ。全くといって不満はない。高画質で高解像度な画像ファイルをいっぱい持っていると、本当にプリンタの能力の向上がよく分かる。このプリンタでまた2年くらいつきあうことになるのかな?
ということで、EPSONよさようなら。もう会うこともないかもという状態である。

2003年03月07日 金曜日

容量いっぱい?

ま、まずい。ここの容量もいっぱいいっぱいになってしまったと思ったのであるが、画像ファイルの整理を行うことで半分以上空いた。Deeplinkだけでしか見えないページに、デジカメの未加工写真をおいていたので、引き上げることにした。 まぁそのうちうちのサーバを公開した時に見えるようにしておこう。(といっても、IPv6 Reachableでないと見えないのであるが…)

2003年02月18日 火曜日

明日からお休み

明日から週末までお休みです。お休み中は北海道の実家の方に帰省しています。何かアップする材料があると良いなぁと言うことで、IXY-Digitalを持参という感じでしょうか。ノートPCとデジカメと本を1冊という最小構成で移動しますので、どうなることか。

トールキン / 「指輪物語」 第2巻 「旅の仲間(上)」

「旅の仲間(下)」を購入したのは、1月24日なので、もう「旅の仲間(下)」を読破してしまった。かなりペースアップと言う状況で、続きの購入となった。明日飛行機の中で読もう。
映画を見た後なので、なんだかサクサク読めそうな勢いで、下巻に手を出すのは時間の問題。今回もハードカバー版なので、お財布的にはちょっと厳しい。

2003年02月14日 金曜日

GNOME 2.2へ移行

長らく時間がかかったが、Gnome2に移行した。(単にDebian/Sidを使っているので、apt-getしていたら勝手に移行してしまった。) Gnome2への移行は確か去年末くらいだったのですが、しばらくKDEを使っていましたので…
で、うちのDebianを入れている環境はVaio Note C1 VR/VPなので若干特殊な事情があり、以前XFree4.2に移行した時に画面が真っ白になると言う問題があった。その影響を回避するためにXFree4.1に戻したのであるが、そのときにGNOMEやKDEのパッケージが芋蔓式にアンインストールされて、完全に復元できていなかったらしく、GNOMEでLoginすると、セッションの終了ができなくなると言う悲しい事態に陥っていた。(それゆえKDEを使っていたのであるが…)
KDEよりはGNOMEの方がいろいろな面で好きなので、_GNOME2.x 良いよー_という声が最近ちらほら聞こえてきたので、これを機に完全移行してしまえと言うことになって原因調査に乗り出したのだが、答えは簡単だった。_gnome-panel関連やgnome-coreがインストールされてないやん_と言うことで、早速インストール。
動作はGNOME 1.4より良いかなぁ。すっきりしているしと言うことで、ぼちぼち慣れていこうというか、そろそろプログラムの題材に使えればなぁ。スキルアップに励もう。ちなみに今のデスクトップ。Window ManagerはSawfish。カスタマイズはやっぱしSchemeでしょう。
スクリーンショット

2003年02月12日 水曜日

チョコボデビューとクフィム島潜入

日々FFXI三昧な日々である。今日はついに長年あこがれの的であった_チョコボに乗ることができました!_ いつもお世話になっているリンクシェルの赤獅子騎士団のうちのサーバ(Carbuncle)団長のKarzuさんをはじめ、みなさんのご協力のたまものです。これからがんばって育てていこう。
と言うことで、今日はチョコボでお散歩、武器スキル上げ、クフィム島潜入と言うことで、あっという間にレベル21。クフィムの入り口は経験値が定常的に200以上入るところなので、レベル上げに最適な場所みたい。しばらく修行です。

2003年01月17日 金曜日

violaの環境整備

我が家のVAIO-Note C1 VR/BPのWindowsMe側の環境整備をしようと言うことで、WindowsMeとOffice2000の封印を解除。とりあえず2時間くらいかけて、Updateを行う。ただOffice2000のSP-3にはまだ上げていない。というのはCDROMとドライブを封印してしまったからだ。近々再発掘せねば。メモリも増やしたのでWindowsも結構サクサクに動くようになったが、やっぱりWin9x系は常用環境では無いなぁ。

2003年01月07日 火曜日

USB Ethernetアダプタ LD-USBL/TX

Viola(VAIO C1 VR/BP)のネット接続の話であるが、今までPCMCIAのネットワークカードを使ってきた。が、PCMCIAポートは1つしかなく、代替が効かないのでUSBなネットワークアダプタだなと思い至り、なんの調べもせず。上記アダプタを年末に購入した。(ちっとは考えろと言いたいかも知れないが、それは僕とて同じである。)
USBポートも一つしかないが、USBにはUSBハブというそれなりの味方がいるので、PCMCIAより酷くないのである。PCMCIAにはうちにあるストレージ物(CD-ROM/Compact Flash/Microdrive)と結構重要な物ばかりなので、ここは空けておきたいのが人情ってもんだろう。
Windowsで使えるのは当然なのでつまらないが、Linuxでは怪しく認識するが、そのままでは使えなかった。微妙な設定が正しくないのだろう。そこでインターネットを彷徨えば、世の中似たような悩みを持っていて解決している人がいるもので、あっさり情報が見付かる。忘れないようにメモである。カーネルソースのdriver/usb/pegasus.h をちらっと以下の部分を追加。

2003年01月01日 水曜日

今年もみなさまよろしく。

ここを読んでいるみなさん、昨年は本当にお世話になりました。ありがとうございました。今年もよろしくお願いします。ということで、「一年の計は元旦にあり」とのことなので、今年はどういう戦いを展開するか、今年の戦術・戦略を主要な分野別にまとめておこう。(今年は喪中のため、年頭の挨拶はこの辺で)

2003年の展望

はじめに、概況

2003年の活動分野における戦術・戦略に関する展望を分野別に述べることにしよう。昨日の文章をアレンジして書いているので似たような展開だが、去年の延長線上にある訳だから。
経済的な状況に関しては今後も流動的。抜本的に良くするには転職するしかないと踏んでいるが、めんどくさすぎるので、どうするのかよく分からない。まぁ将来のことも考えて行かねばならないし、そろそろ貯金とかもしなければと思わないでもない。別に何か当てがある訳ではないのだが。
最近体調をことに壊し気味なのと太り気味(おそらくストレスから来るものと思うが)で、食生活を改善せねば、どうしようもないな。とりあえず5kg程度は痩せないとなぁ。着る服が無くなってしまう。と言うことで、注意することとして、最近壊れ気味な精神状態も何とかせねばなぁ。

2002年12月31日 火曜日

今日で2002年もおしまい

今年は、こないだ2001年もおしまいなんて記事を書いた気がするなぁと思わなくて、実にいろんな事があってやけに昔に書いた気がするのである。でも、気が付くともう今年もおしまい。今年お世話になった方々はいっぱいいて名前を挙げきれないが、今年1年本当にありがとうございました。来年もよろしくお願いします。
ということで、大晦日と言うこともあって、行く年に思いをはせて、今年はどういう戦いの1年だったか、今年の戦術・戦略とその戦いの成果を主要な分野別にまとめておこう。(と、ほぼ去年と同じ文章にしてみた。断じて_手抜きではない。_)

2002年の総括

はじめに、概況

2002年の活動分野における戦術・戦略に関する概況を分野別に述べることにしよう。
今年は、会社の状況が思わしくなく、経済的には惨憺たるものだった。当初、上期中は良化しそうにないと思っていたが、4月以降は給与カットでさらに拍車がかかった状況。。質素倹約に励まねばと思ったが、思った以上に出費が多く、収支的に±0で済んでいるところが素晴らしいところ。とはいえ、そろそろ貯金とかもしなければと思わないでもなく、将来について多少考えねばと思う今日この頃である。
最近体調をことに壊し気味なのと太り気味(おそらくストレスから来るものと思うが)で、食生活を改善しなければならないが、どうしようもないな。注意することとして、最近壊れ気味な精神状態も何とかせねばなぁ。
今年の大きな事件は、7月に父を亡くしたこと。最後に父を見た時には、すっかり老けたなぁと思わないでもなかったが、かなり元気だっただけにあと何年も生きていそうな感じだったが、突然亡くなってしまった。人生の儚さを感じた1年でもあり、いろいろな方々にお世話になった1年でもある。ありがとうございました。また父が亡くなる1週間前に父に会う機会をくれた石川君にどれだけのありがたいと思ったか分かりません。本当にありがとう。