Linux

Omarchyをインストール

Omarchyに乗り換え。OmarchyArch Linux系(要はpacmanをパッケージ管理に使うグループというべきか)のLinux Distributionで、Ruby on Railsの作者のDHHことDavid Heinemeier Hansson氏が開発者向けにArch Linuxを事前設定を行ったものである。デフォルトでここまで設定してあると結構楽だな… ということで乗り換え。

omarch1.jpg

何年かぶりにTile-TypeのWindow Managerを使っているが、なかなか軽快で良い。

Arch LinuxをWSL2にインストール

WindowsでGCCやClangを使うためにMSYS2を使っていると、そのパッケージ管理システムのpacmanを使うことになるのだが、コマンドラインオプションがまるで覚えられないので、pacmanをパッケージ管理システムに使う元祖的なArch LinuxをWSL2で使ってみることにした。

使って見ると割とシンプルで軽量だなと思うので、しばらく使っていこうと思っている。(まあ私の使い方ではほぼGUIは使わないので、ディストリビューションは何でもいいのだが、Ubuntuとかだとちょっと大きすぎる気はする。)

2005年12月31日 土曜日

今日で2005年もおしまい

毎年こんな見出しで大晦日の日記を書いているわけだが、ついこないだ2004年もおしまいとか言う記事を書いた記憶がと思ったら、2003年もおしまいとか2002年もおしまいとか言った記事を書いたのも最近のような気がするのは気のせいではない。今年は久しぶりに落ち着いた1年と思っていたのだが、4月から勤務地が変わったので、またまた人間関係もがらっと変化して、めまぐるしい変化があった1年だった。気が付くともう今年もおしまい。今年お世話になった方々はいっぱいいて名前を挙げきれないが、今年1年本当にありがとうございました。来年もよろしくお願いします。
大晦日と言うことで、行く年に思いをはせ、今年はどういう戦いの1年だったか、今年の戦術・戦略とその戦いの成果を主要な分野別にまとめておこう。(と、ほぼ毎年と同じ文章にしてみた。こういうのは毎年そろえておいたほうがよいもので、断じて_手抜きではない_。)

2005年の総括

はじめに概況

2005年の戦況がどのような物であったか述べていくことにしよう。今年は年頭にたてた重いとは全く別なところでばたばた対応させられた1年で気が付いてみると私生活では半分引きこもりっぽい1年となってしまった。全く持って何をやってきたんだかという1年であった。まぁぼちぼち今の生活に落ち着いてきた感はあるので、来年こそ前の会社の上司の言葉を借りて、本業もプライベートも_攻めと成果_にこだわっていこうと思う。

2005年10月01日 土曜日

もう10月

最近日記を書くことをさぼっているのだけど、気がついたら10月。最近本当に時間の流れの感じ方が緩やかになってしまったと言うことか・・・

FreeBSD 5.4p7にアップデート

我が家のサーバのOSをアップデート。インストールしたときにFreeBSD 5.1から5.2にアップデートしたのであったが、そのときはサーバとして実運用に入る前だった。今回はサーバ運用を初めてから初の大規模なアップデートとなる。(とはいえ、入れ替えになるのはカーネルと基礎的なユーザーランドのコマンド・ライブラリだけで、パッケージとしてインストールするようなものは、それなりに追従しているので今回は対象外。)
基本的には、「OSを最新のRELEASEに更新する」と言う記事を元に、ソースをCVSupして、ユーザーランドをmake buildworldして、カーネルをmake buildkernelして、カーネルをインストールしてから再起動し、ユーザーランドをシングルユーザーモードでインストールすると言う感じなのだが・・・
注意する点としては、この手の大規模なバージョンアップの際にはパスワードテーブルとグループテーブルの書き換えが発生する(ユーザーが増える)ので、/etc以下はちゃんと保存しておきましょう。
他は特に問題なくアップデートが完了。おかげでXはX.orgに移行(とはいえライブラリしか使わない。)できて、Linuxエミュレータもインストールできた。次はLinuxの実行環境の構築だな。

2005年05月18日 水曜日

僕はコードを書けないだめだめな人ですが…

思うところを書いてみて、気が付いたら反応リンク集に。ひょえ〜。そんなわけで、コードをかけない人ですが、思うところを書いてみる。僕はコードを書く能力はないですが、そんな僕にもできることはあるだろうと思って、ここ数年Linuxの地域ユーザー会の運営に携わっています。三浦さんとはそのときからのおつきあいですが、いつも大変お世話になっています。僕はごく一面しか見えていませんが、現状のOSSの世界であのバランスで精力的に活動して、どこに出かけても見かける人はそう何人もいません。いつもながらお世話になりっぱなしです。
で、僕が三浦さんのCodeFest 2005 JAPANと言う記事を読んで思ったのは、先の日記に書いたように、いろいろなコミュニティへの積極的な参加・運営、啓蒙・教育、政治的な方面とのやりとりなどを続けてきて、いろいろ板挟みやギャップを感じることががあるのかなと思ったことは確かだけど、あともう一つ。僕は_「CodeFestを日本で開く応援をしたい、推進派になった。人材育成とか、日本発のOSSとか、コードも書かない人に言われたくはない。」_と言う文章を読んで、こういう楽しいイベントがあるんだから、_何より先に自分自身が主体的に参加していこう_とか_こういう場で成長する人もいるに違いないから応援していこう_と言った_凄く前向きな意見_としてとらえたのでした。
いろいろ読んだ中で、狩野さん

ところで、「人材を育成する」という言葉の裏には、「人材として育成される」人が当然存在するわけだ。あなたは人材として育成されたいですか?

はっきり言って私は、嫌である。自分が楽しい事を最優先にしたい。伐り倒されて製材されるより枝葉を盛んに茂らす大木として立っているほうがよい。
という言葉に同感。OSSの世界では特に、三浦さんがおっしゃるところの「利用者」と「開発者」の両輪があって初めて回っている世界だと思う。「利用者」はこれまでの普及活動なり啓蒙活動なりがうまく回って、(内容は別として)それなりの母数に成長したと思うが、「開発者」はどうかと考えると利用者に比して増えているわけではないように思う。(僕はどちらかというと利用者側に目立たないところで種まきをしていた人ですが…) IPAの未踏やコンテストで成長する人は確かにいるのだけど、僕はこの方向ができる人は少数だと思うので、もっと敷居が低い世界があっても良いと思う。(敷居が低いと言っても、こんなにいろんな凄い人が集まることはないと思う。) 実際に一線で活躍している人に実際に会って、その姿を目の当たりにする_と言うことがどれだけ衝撃的なことか、「人材として育成される」のではなく、「主体的に成長する人」_に変わることができるきっかけがそこにあるのだ。ネットだけ見ていると忘れがちだけど、実際人に直接会うことで得るものは非常に多い。そういう人をいろいろ見ることで、何かしらの刺激があるはずなのだ。僕にはコードを書く能力ははないけれど、そういうイベントの開催を応援することは出来るので(実際には能力がないと見切っているだけで、磨けば何かあるかもしれないが話は別。) 今回は参加しようかなと思ったときには既に遅かったが、次回以降何かしらの形で参加できればとおこがましく思っている。
まあ少なくとも、三浦さんに会っていろいろ話をするようになってもうすぐ5年目になるけど、こんなにいろいろ刺激をくれる人はなかなかいない得難い友人です。すべてを答えられない自分の非力さを悔やむことはないわけではないけど、こんな僕でも凄く刺激になるのだから、こういうイベントの場に参加できれば、びりびりいろんな刺激を得られると思う。そんなわけでCodeFest 2005 JAPANを影ながら応援します。
確かに、発端になったであろう佐渡さんの記事での引用「コードも書かない人に言われたくはない」は確かに訴えるものがある刺激のある言葉ではあるけど… Tシャツ作ったら買います。(笑)